🗾 地名由来辞典

都道府県名の由来

福井県 ふくいけん

江戸時代由来
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「福井」の地名は江戸時代初期に城下町の「北庄」から改称されたものである。松平忠昌が「北」の字を敗北に通じるとして忌避し、城内の「福の井」という井戸にちなんで「福居」→「福井」と改めたとされる。

語源

「福井(ふくい)」の地名は、江戸時代初期に誕生した比較的新しい地名である。現在の福井市にあたる地域は戦国時代から「北庄(きたのしょう)」と呼ばれ、柴田勝家がここに拠点を構えたことでも知られる城下町だった。

1624年(寛永元年)、福井藩3代藩主**松平忠昌(まつだいらただまさ)**は「北(きた)」という字が「敗北(はいぼく)」を連想させて縁起が悪いとして、城下の地名を変えることを決めた。新たな地名として、城内にあった「福の井(ふくのい)」という名の井戸にちなんで「福居(ふくい)」と命名し、後に「福井」という表記が定着した。

「福の井」という井戸が実際に存在していたかについては諸説あるが、縁起のよい「福」の字と、城下に水を供給した「井戸・水」を組み合わせた地名とする解釈が広く伝わっている。

県名確定の経緯

1871年(明治4年)の廃藩置県後、現在の福井県域は複雑な変遷をたどった。福井藩などが統合されて「福井県」が成立したものの、同年12月に「足羽県(あすわけん)」へ改称され、翌1873年には「敦賀県」に合併された。

さらに1876年には嶺北が石川県に、嶺南が滋賀県にそれぞれ編入されるという分断を経て、1881年(明治14年)2月に石川・滋賀両県から再分離・統合されて、現在の「福井県」が誕生した。

歴史的変遷

時代区分・名称備考
律令期越前国・若狭国成立北陸道・山陰道に属す二つの令制国
戦国〜江戸初期北庄(きたのしょう)柴田勝家・丹羽長秀・徳川秀忠が拠点とした城下町
1624年(寛永元年)福居→福井に改称松平忠昌が「北庄」を「福居(福井)」に改名
江戸時代福井藩(松平家)御三家に次ぐ親藩として北陸の要所に位置
1871年(明治4年)福井県成立→足羽県→敦賀県廃藩置県後に複数回の改称・合併
1876年(明治9年)石川県・滋賀県に分割編入嶺北が石川県、嶺南が滋賀県へ
1881年(明治14年)福井県として再設置嶺北・嶺南が再統合され現在の福井県が確定

地名の特徴

「福井」は江戸時代初期に意図的に縁起のよい漢字を選んで命名された地名であり、戦国大名・柴田勝家の滅亡地をも連想させる旧称「北庄」から刷新したという歴史的意図がある。廃藩置県後に複数回の改廃を経た末に復活した経緯は、富山県と並んで近代の行政変遷史においても特徴的である。

地名の変遷

  1. 奈良 越前国(えちぜんのくに)/ 若狭国(わかさのくに) — 現在の福井県域は律令制下の越前国と若狭国に分かれていた。北陸道・山陰道に属す令制国。
  2. 安土桃山 北庄(きたのしょう) — 現在の福井市にあたる城下町は戦国時代から江戸初期まで「北庄(きたのしょう)」と呼ばれた。柴田勝家が拠点とした地。

参考資料・出典

最終更新: 2026-05-01