🗾 地名由来辞典

大月市 ( おおつきし )

山梨県 / 大月市 江戸時代由来

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市公式によれば、ケヤキの別名「大槻」が群生していたことから地区名が「大槻」となり、寛文検地の際に駒橋から見た月が大きく見えたことから「大月」に変わったと伝えられます。

語源

大月市公式サイトの「大月市名の由来」は、次のように説明しています。

まず、寛永10年(1633年)、谷村城主・秋元但馬守泰朝が農業振興のために完成させた水路「五ヶ堰」の付近に、大槻(おおつき)(ケヤキの別名)が群生していたことから、この地区を「大槻」と呼ぶようになりました。

その後、寛文検地の際に、駒橋(今の大月橋)より見た月がひときわ大きく見えたことから、「大槻」が「大月」となったと伝えられています。

つまり、名の起こりはケヤキの群生地にあり、のちに同じ音のまま「月」の字が当てられた、という順序です。字面から月にちなむ地名に見えますが、もとは樹木の名でした。

なお市名としての「大月」が採られたのは、旧大月町が合併町村の中心にあり、JR中央線と富士急行線の分岐点として「大月の名称が京浜方面はもとより、全国的に広く知れ渡っている」ためとされています。

歴史的変遷

時代呼称備考
江戸大槻寛永10年ごろ、五ヶ堰付近にケヤキ(大槻)が群生したことによる
江戸大月寛文検地の際、駒橋から見た月が大きく見えたことによると伝わる
昭和大月市市制施行。交通の分岐点として知られる大月の名を採用

地名の特徴

大月市は山梨県東部の郡内地方にあり、桂川の谷に開けた交通の要衝です。地名は樹木の名から月の字へという表記の移り変わりをたどっており、字面だけを見て意味を推し量ると誤る例といえます。

地名の変遷

  1. 江戸 大槻 — 寛永10年ごろ、ケヤキの別名「大槻」が群生していたことによる地区名。寛文検地の頃に「大月」となったと伝わる

参考資料・出典

最終更新: 2026-09-01