🗾 地名由来辞典

真室川町 ( まむろがわまち )

山形県 / 真室川町 明治時代由来

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町名は町域を流れる真室川に由来します。「真室」は中世にさかのぼる地域名で、鮭延城は「真室城」とも呼ばれましたが、語義そのものは未詳です。修験道由来としてよく語られるのは町名ではなく町内の地名「及位」です。

語源

真室川(まむろがわ)町の町名は、町域を流れる真室川に由来します。真室川は最上川水系鮭川の支流にあたる一級河川で、明治22年(1889年)の町村制施行で成立した真室川村が、この川の名を採ったものです。

「真室」という地域名そのものは中世にさかのぼります。天文4年(1535年)ごろ、横手城(秋田県横手市)を本拠とする小野寺(おのでら)氏が最上侵攻の足がかりとして家臣を送り込んだ地であり、そこに築かれた鮭延城(さけのべじょう)は「真室城」とも呼ばれました。慶長の役後に鮭延秀綱へ与えられた所領も「真室城(鮭延城)11,500石」と記されています。近世には「間室」と書かれた例も見られます。

ただし、「真室」という語が何を意味したのかを説明する資料は見あたらず、語義は未詳です。ここでは由来を確定させず、「中世から用いられてきた地域名を川の名が受け継ぎ、その川名が村名・町名になった」という経緯までを確かなものとして扱います。

修験道由来は町名の由来ではない

真室川町を紹介する文章では、修験道や山岳信仰との結びつきがしばしば語られます。しかしそれは町名の由来ではなく、町内の地名「及位(のぞき)」の由来です。

真室川町教育委員会が発行した『羽州街道 及位宿』は、次のように伝えています。及位の西方にそびえる甑山(こしきやま)は、昔は修験者の道場として栄えたという伝説がある。男根の形をした男甑山(おこしきやま)と女陰の形をした女甑山(めこしきやま)があり、その岩穴にさかさまにつり下がって穴底を覗くことが最後の修行とされ、成し遂げた者には位が授けられた——。「のぞき」の地名はここから起こり、位に及ぶと書いて「のぞき」と読むのもこの修行に由来するといわれます。

同資料は異説も併記しています。及位はもともと山間の村で水田も少なく生活が楽でないため「位に及ばず、人間としての位から除かれたところ」とする説、そしてアイヌ語とする説です。なお及位は明治22年に及位村として成立し、昭和31年(1956年)に真室川町へ合併しました。

歴史的変遷

時代呼称備考
室町真室鮭延城は「真室城」とも呼ばれた。天文4年(1535年)ごろの築城と伝わる
江戸真室・間室「間室」の表記も見られる
明治真室川村明治22年の町村制施行で成立。同時に及位村・安楽城村も成立
昭和真室川町昭和25年(1950年)に町制施行
昭和真室川町昭和31年(1956年)に及位村・安楽城村と合併し現在の町域に

地名の特徴

真室川町は、町名の由来と、町内の有名な地名の由来が取り違えられやすい例です。「及位」は日本有数の難読地名として知られ、修験道にまつわる由来も鮮やかなため、町全体の名の説明として語られてしまうことがあります。しかし町名はあくまで川の名に由来し、両者は別の地名です。

川の名を自治体名に採る例は各地にありますが、真室川町の場合は、その川名がさらに中世の地域名「真室」を負っている点に厚みがあります。語義が未詳のまま数百年使われ続けてきた地名で、町を代表する民謡「真室川音頭」によって全国に知られるようになりました。

地名の変遷

  1. 明治 真室川村 — 明治22年の町村制施行で成立。昭和25年に町制施行

参考資料・出典

最終更新: 2026-09-03