🗾 地名由来辞典

南陽市 ( なんようし )

山形県 / 南陽市 昭和時代由来

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昭和42年の合併時、新市名で宮内町と赤湯町が譲らなかったため、仲裁案として当時の山形県知事が中国の故事「南陽の菊水」から引用して命名した瑞祥地名です。

語源

南陽市は、昭和42年(1967年)4月1日に赤湯町・宮内町・和郷村の2町1村が合併して誕生しました。市名の決め方には経緯があります。

合併時に宮内町と赤湯町の双方が新市名で譲らず、仲裁案として安孫子藤吉山形県知事(当時)が中国の故事である「南陽の菊水」から引用して命名した瑞祥地名である

「南陽」はもともと中国・河南省の地名で、不老長生の霊泉「菊水」が流れる地として知られます。この「南陽の菊水」の故事は『太平記』にも登場し、日本でも古くから親しまれてきました。

つまり「南陽」は、土地の様子や旧地名から生まれた名ではなく、中国の故事にちなんで新たに付けられた名です。合併協議で決着がつかなかったため、第三者である知事が持ち出した折衷案でした。

なお南陽市は昭和63年(1988年)、この縁から中国河南省の南陽市と友好都市提携を結んでいます。

歴史的変遷

時代呼称備考
昭和以前赤湯町/宮内町/和郷村東置賜郡の町村として並立
昭和南陽市1967年4月1日、2町1村が合併。県知事が「南陽の菊水」から命名
昭和—1988年、中国河南省南陽市と友好都市提携

地名の特徴

南陽市は、**故事に由来する瑞祥地名(ずいしょうちめい)**という珍しい成り立ちをもちます。土地の歴史とも地形とも無関係に、めでたい意味をもつ古典の語が選ばれました。

合併で名前がまとまらないときに第三者が別の名を持ち出す、という決着のつけ方は昭和の大合併期にしばしば見られましたが、中国の故事から採った例はまれです。

参考資料・出典

最終更新: 2026-09-04