語源
智頭町の町名は、道の分岐・合流点を指す言葉に由来するとされます。町公式サイトは次のように説明しています。
『日本後紀』(808年)に智頭郡道俣駅の駅馬の記録があり、奈良時代以前から「智頭」の名は存在していたとみられる。そして「道俣(みちまた)とは『道が合流するところ』という意味があり、元々は『道頭(ちづ)』…道の頭という意味から変化して『智頭』になったのでは」と伝えられている、というものです。
コトバンク所収の事典も、中心集落の智頭を『日本後紀』の古駅「道俣」に比定しており、この地が古代から街道上の結節点として認識されていたことがわかります。「智頭」という漢字は、意味からではなく「ちづ」という音に当てられた表記と考えられます。
歴史的変遷
| 時代 | 呼称 | 備考 |
|---|---|---|
| 奈良以前 | 道俣/道頭 | 道が合流するところの意 |
| 平安 | 智頭郡道俣駅 | 『日本後紀』808年の駅馬の記録 |
| 江戸 | 智頭 | 上方往来の宿場町。鳥取藩の智頭宿が置かれる |
| 昭和 | 智頭町 | 現在の町名 |
地名の特徴
智頭の中心集落は、千代川とその支流(土師川・新見川)が合流する小盆地にあり、山陰・山陽・関西を結ぶ交通の要衝として発展しました。川の合流点と道の合流点が重なる立地が、そのまま地名になった形です。
現在も因幡街道の宿場町の町並みが残り、面積の大半を森林が占める「杉のまち」として知られます。