🗾 地名由来辞典

日高市 ( ひだかし )

埼玉県 / 日高市 昭和時代由来

AI生成・人間確認済み

1955年の高麗村・高麗川村の合併に際し、両村住民からの公募490種類の中から選ばれた町名です。名の意味を記した公的な説明はなく、日和田山の「日」と高麗の「高」を採ったとする説があります。

語源

日高(ひだか)市の地名は、1955年(昭和30)に高麗(こま)村と高麗川(こまがわ)村が合併して成立した日高町に由来します。市公式サイトは「『日高』の名称は高麗川・高麗両村からの公募により決定されました」と記します。

『日高市史 通史編』も、新町名が両村住民からの公募によること、490種類にのぼる案が寄せられたこと、審査を合併協議会で行い昭和30年2月11日に「日高町」と決まったことを伝えています。ただし、記録されているのは手続きだけで、「日高」という名に込められた意味は市史にも市公式にも記されていません。

名の意味については説があります。北海道日高振興局が埼玉県日高市を訪れて書いた紹介記事は、市域のシンボルである日和田山(ひわだやま)(日高市高麗本郷)を挙げ、次のように述べています。

この「日和田山」の日と「高麗」の高をとって、「日高」とした説が有力とのことです。

行政機関が書いた文章ではありますが、文面自体が「説が有力とのこと」と伝聞の形を取っており、確定した由来ではありません。 なお「日が高く昇る」という瑞祥的な解釈も広く流布していますが、こちらは市公式にも市史にも根拠が見当たりません。

いずれにせよ、市名は古代の高麗郡に由来する地名を直接継承したものではなく、昭和期の合併に際して新しく選ばれた名です。

歴史的変遷

時代呼称備考
昭和日高町1955年、高麗村・高麗川村の合併で成立。両村住民の公募(490種類)から協議会が選定。
昭和日高町1956年、高萩村を編入。
平成日高市1991年、市制施行。

地名の特徴

日高市の「日高」は、古い地名の継承ではなく、合併を機に新しく作られた名称です。
公募という手続きだけが記録に残り、名の意味を当事者が説明した資料は見つかっていません。

一方で、市域には古代の高麗郡に由来する高麗神社(こまじんじゃ)や、高麗川(こまがわ)など、旧来の歴史地名も多く残っています。日高という新しい市名は、こうした古代以来の地域性の上に、昭和期の新命名として定着したものです。

特産・名物

日高市は高麗川流域の豊かな自然環境に恵まれており、茶・栗・ウドが市を代表する特産品として知られています。狭山茶の産地の一つとして茶葉の栽培が行われており、甘く濃厚な味わいが特徴です。栗は「高麗川マロン」として知られ、大粒で上品な甘さから消費者に高い評価を受けています。

また、日高市は秋の巾着田(きんちゃくだ)の曼珠沙華(彼岸花)で全国的に有名です。高麗川が蛇行して作り出した巾着形の河川敷には500万本を超える曼珠沙華が咲き誇り、真紅の絨毯のような光景が訪れる人々を魅了します。市はこの曼珠沙華を「市の花」に指定しており、開花期には多くの観光客が訪れます。地元では曼珠沙華にちなんだ菓子や土産物も販売されています。

参考資料・出典

最終更新: 2026-09-23