語源
大和市の地名は、日本の雅称である「大和」や大和国とは直接の関係はありません。明治24年(1891年)に、前身の鶴見村が「大和村」へ改称したことに由来します。
当時の村内では、旧下鶴間村と、深見・上草柳・下草柳の各地区との間で対立があり、分村問題が続いていました。そこで、四つの部落に縁のない新しい村名として、「大いに和する」という意味を込めて「大和」が採用されたと伝えられています。
歴史的変遷
| 時代 | 呼称 | 備考 |
|---|---|---|
| 明治 | 鶴見村 | 1889年の町村制施行で下鶴間村・深見村・上草柳村・下草柳村が合併して成立 |
| 明治 | 大和村 | 1891年、分村問題の収拾を背景に改称 |
| 昭和 | 大和町 | 町制施行後の呼称 |
| 昭和 | 大和市 | 1959年2月1日に市制施行 |
地名の特徴
「大和」という名は、古代国家や日本の雅称を連想させる一方で、この市名では地域内の和解と融和を願う近代の命名が出発点になっています。
同様に、対立の調整や新しい共同体の形成を背景に生まれた地名として、近代の町村合併や改称に由来する各地の市町村名と比較できるでしょう。
また、タウンニュースの記事では、命名の背景に内海忠勝県知事や中山毎吉、山口寛一らの関与があった可能性も紹介されており、単なる語義だけでなく、地域史の中で育まれた名称であることがうかがえます。