語源
渋川市の市名は、昭和29年(1954年)の市制施行にあたって中核となった渋川町の名を受け継いだものです。渋川町が金島村・古巻村・豊秋村の3村と合併して市となり、平成18年(2006年)にはさらに伊香保町・小野上村・子持村・赤城村・北橘村と合併して現在の市域になりました。
「渋川」という地名自体は、それよりはるかに古くさかのぼります。上野国群馬郡には渋川郷があり、平安時代末期にはこの地を本拠として渋川氏を称する一族が領主として存在していました。のちに足利氏の一流が同じ地名を名字として渋川氏を名乗っており、地名としての「渋川」は中世を通じて用いられています。文献に現れる早い例としては、貞和4年(1348年)の懸仏に「渋川」の名が見えます。
一方、「渋川」という語そのものが何を意味するかについては、この地に即して説明した資料を確認できませんでした。地名語源の辞典類では、地名の「渋」を一般に、鉄分を含んだ水が赤茶けた水垢(水錆)となって淀んだ湿地・沼地を指す語と説明します。山中襄太『地名語源辞典』は「湿地、沼地、泥地などで、水サビなどのたまっている土地の名と思われる」とし、松崎岩夫『長野県の地名その由来』は「『渋』(しぶ)は、鉄分を含んだ水が、赤茶けた水あかとなり、それが淀んだ湿地や沼地をいっています」と説明しています。ただしこれらは「渋」という語一般についての説明であって、群馬県の渋川がこれに当たると述べた資料ではありません。
歴史的変遷
| 時代 | 呼称 | 備考 |
|---|---|---|
| 平安 | 渋川郷 | 上野国群馬郡の郷。平安末期から渋川氏が領主として在地 |
| 南北朝 | 渋川 | 貞和4年(1348年)の懸仏に地名が見える |
| 江戸 | 渋川 | 三国街道の宿場町・市場町として発展 |
| 明治 | 渋川町 | 町制施行後の呼称 |
| 昭和 | 渋川市 | 昭和29年(1954年)、渋川町が金島・古巻・豊秋の3村と合併して市制施行 |
| 平成 | 渋川市 | 平成18年(2006年)、伊香保町・小野上村・子持村・赤城村・北橘村と新設合併 |
地名の特徴
市名は近代の市制施行時に選ばれたものですが、名そのものは中世の郷名を継いでおり、行政単位が郷 → 町 → 市と変わっても呼称が保たれてきた例にあたります。渋川氏という武家の名字にもなったことで、地名は地域外にも知られました。
市域は利根川と吾妻川の合流点の南西に接する谷口集落として発達し、赤城山と榛名山に東西を挟まれています。江戸時代には三国街道の宿場町・市場町として栄えました。ただしこれらは地名が定着したあとの土地の性格であり、「渋川」という名の由来を説明するものではありません。
特産・名物
渋川市は、「日本のへそ」とも呼ばれる立地にあり、豊かな自然と歴史的な温泉文化が融合した「グルメのまち」として知られています。地域を代表する特産品や名物は以下の通りです。
- 伊香保温泉: 渋川市の最大の魅力の一つであり、古くから湯治場として栄えてきました。石段を登りながら楽しむ風情ある街並みと、良質な温泉が多くの人々に愛されています。
- 水沢うどん: 地元で親しまれる名物グルメです。コシのある麺と出汁の旨味が特徴で、地域に根差した食文化を支えています。
- いちご「やよいひめ」・ブルーベリー: 温暖な気候を活かして栽培される農産物が豊富です。特に「やよいひめ」は甘くジューシーな味わいで知られ、また、群馬県特別栽培農産物であるブルーベリーも高い評価を得ています。
- 赤城牛・白ホルモン: 地域の畜産業が支えるブランド食材です。肉料理としてカレーや様々な加工品に利用され、質の高い食の体験を提供しています。