語源
七戸町(七戸まち)の「戸(へ)」は、青森県東部から岩手県北部にかけての旧南部藩領に見られる地名要素で、もともとは「○○地区」「○○地方」といった区画を表したとされています。青森県庁の解説では、平安時代後期に糠部郡が九つの地区に分けられ、その一つとして一戸から九戸までの地名が付けられたという伝承が紹介されています。
七戸の「七」は、この連続する区画名の七番目にあたるものと考えられます。なお、「戸」の語源については諸説あり、牧場の木戸に由来する説や、朝廷から派遣された兵が駐留した拠点「柵戸(きのへ)」に由来する説などが挙げられています。
歴史的変遷
| 時代 | 呼称 | 備考 |
|---|---|---|
| 平安 | 糠部郡の一地区 | 七戸を含む「戸」の地名群の成立伝承 |
| 中世 | 七戸 | 南部氏の支配圏で地名として定着 |
| 江戸 | 七戸 | 七戸領・七戸周辺として継続 |
| 明治 | 七戸町 | 町村制以後、行政地名として整備 |
地名の特徴
七戸町は、三戸・五戸・六戸・八戸などと並ぶ「戸」のつく地名の一つです。これらは単独で生まれたというより、旧南部領の広域的な地名体系の中で連続的に理解されることが多く、数字の並びそのものが地域史を物語っています。
また、同じ「戸」の地名群は青森県と岩手県にまたがって分布しており、地域の歴史や行政区画、牧場・関所・城柵などの古い土地利用との関係が議論されてきました。七戸町の地名も、そのような北奥羽の歴史地理を今に伝える名称といえます。